2011/10/23 01:03, Posted in Panorama, 西日本エリア by s.sakai – Be the first to comment
3本の列車が並ぶ川跡駅

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一畑電車は電鉄出雲市駅〜松江しんじ湖温泉駅間(33.9km)を結ぶ「北松江線」と、川跡駅〜出雲大社前駅間(8.3km)の「大社線」の2路線で、川跡駅は両線の接続駅である。北松江線の上下列車と大社線の列車が接続するようにダイヤが組まれていて、同時に3本の列車が並ぶことが多い。パノラマ手前の2列車が北松江線で車両は3000系(元南海電鉄「ズームカー」21000系)、奥が大社線で2100系(元京王電鉄5000系)。
(2009年10月撮影)
2011/10/21 17:18, Posted in Panorama, 西日本エリア by s.sakai – Be the first to comment
御坊駅0番線で聴こえたDMH17サウンド

Panorama + DMH17アイドリング音 (2:00) ↑
和歌山県御坊市を走る紀州鉄道は、紀勢本線と接続する御坊駅と西御坊駅を結ぶ全長わずか2.7kmの非電化路線である。キハ603は1960年新潟鐵工所製で、1975年に廃止された大分交通耶馬渓(やばけい)線から転入した。床下排気のDMH17Bエンジン、バス窓が並ぶ車体側面、板敷きの車内に白熱灯、キハ603は最後まで残った古典的気動車だった。製造から49年、紀州鉄道で34年間活躍し、2009年10月に引退した。
(2009年10月撮影)
2011/10/10 22:47, Posted in Panorama, 東日本エリア by s.sakai – Be the first to comment
板谷峠の勾配用に開発されたEF71とED75の先行試作車、1号機。

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仙台近郊の利府町にあるJR東日本の新幹線総合車両センター。広大な車両基地の片隅に、新幹線車両や交流電気機関車、蒸気機関車が静態保存されている。機関車はEF71 1から右回りにD51 1108、C58 365、ED75 1、ED91 21、ED71 1(その他にもED78 1、ED71 1、C11 351が並べられている)。どれも東北にゆかりのある機関車で、特に交流電気機関車は東北地方の電化とともに活躍してきた機関車ばかり。これ以上車体の腐食が進まないように屋根などつけられないものだろうか…。
(2010年6月撮影)
2011/10/08 19:00, Posted in Panorama, 東日本エリア by s.sakai – 2 Comments
夏至の頃、まだ明るい大鰐温泉駅を出発する上野行き寝台特急「あけぼの」

Panorama + あけぼの走行音 (3:22) ↑
上野〜青森間を走る寝台特急「あけぼの」。当初は東北本線・奥羽本線経由であったが新幹線延伸や夜行列車の削減により、現在は羽越本線・奥羽本線と日本海経由で運行されている。最後まで残った上野〜青森間を結ぶ寝台特急でもある。列車はA1個室「シングルデラックス」1両、B1個室「ソロ」2両、B寝台3両、寝具類が用意されない寝台券不要の「ゴロンとシート」が2両に電源車の9両編成。
(2011年6月撮影)
秋田駅を出発する上り「あけぼの」

Panorama + あけぼの走行音 (1:23) ↑
青森駅から約3時間で秋田駅に到着、秋田新幹線E3系「こまち」と並ぶ。この日の「あけぼの」牽引機は双頭連結器を装備したEF81 136。出発時、静かな駅のホーム端でクリアに音が録れた。
(2010年8月撮影)
夕闇迫る青森駅

Panorama + 入線時の走行音 (3:15) ↑
入換用のディーゼル機関車DE10 1765に牽引されて入線してきた「あけぼの」。ちょうど駅を跨ぐ青森ベイブリッジがライトアップされた。最後尾の電源車とディーゼル機関車の間に 青函連絡船 八甲田丸 を撮影した場所が見える。かつて連絡船のりばへと繋がっていた跨線橋と、それを示していたであろうホームの案内板は今でも残っている。青森駅の静かなホーム端に電源車カニ24の轟音が響いていた。
(2008年9月撮影)
2011/10/05 20:10, Posted in Panorama, 四国エリア by s.sakai – Be the first to comment
桟橋線の終点

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土佐電鉄は高知の町を東西南北に走る路面電車。南北方向に走る桟橋線はJR高知駅から、途中の「はりまや橋」で後免線・伊野線と十字に平面交差して、桟橋通五丁目駅までの3.2kmの路線。終点で途切れるレール、堤防脇にひっそりある桟橋通五丁目の電停は、数年前に改修されて新しい風景に変わってしまったけれど、以前から訪れてみたかった場所だった。夕暮れ時、秋の空に月も出てきてあっという間に日が暮れた。
(2011年9月撮影)
2011/10/03 02:54, Posted in Panorama, 四国エリア by s.sakai – Be the first to comment
阿波池田駅

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土讃線に乗って讃岐と阿波を分かつ猪ノ鼻峠を越えると、坪尻駅・箸蔵駅と列車は山をグングン駆け下りて、線路は180度Ω上に向きを変えながら(→ Google マップ)吉野川を渡る。その途中、眼下に池田の町と吉野川を見下ろす車窓は高度感抜群で絶景である。阿波池田駅で途中下車して改札外にあった食堂で「祖谷そば」を食べた。お昼時の食堂は地元の人がいっぱいで賑やかだった。次の列車を待つ間、徳島線徳島行きの特急「剣山」キハ185系と岡山行きの特急「南風」2000系気動車がやってきた。ホームには小さな「かずら橋」があったのでその前で(笑)。いつか本物の橋を渡ってみたい。
(2011年9月撮影)
2011/09/30 18:18, Posted in Panorama, 東日本エリア by s.sakai – Be the first to comment
船の科学館 青函連絡船「羊蹄丸」と南極観測船「宗谷」

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東京お台場「船の科学館」で1996年から展示されていた青函連絡船「羊蹄丸」。2011年9月30日をもって老朽化した本館(“宗谷”奥の建物)の展示を休止することになり、羊蹄丸は保存展示の終了が告げられた(公開終了後は無償譲渡される予定)。羊蹄丸の中を見学すると、予想以上に大きく改装されてしまった内装が何とも残念で、博物館の展示施設としては内外装が当時のまま残されている「宗谷」の方が興味深かった。暑い夏の日、本館→羊蹄丸→宗谷の順にじっくり見学して回ったらヘトヘトに疲れてしまった(笑)。閉館時間の後、日も暮れかけてきたところで一枚。歴史ある2隻が静かに輝いていた。
(2011年8月撮影)
当時と同じ青森駅の連絡船乗り場で展示されている青函連絡船「八甲田丸」

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青森桟橋の跡地には車両搬入口の可動橋と引き込み線の一部が保存され、駅と連絡船を結んでいた跨線橋も残っている。整備された公園内と「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」、背後の青森ベイブリッジが見渡せる場所に「青函連絡船戦没者の碑」があり、その近くで撮影することにした。1945年7月と8月の空襲で青森、函館湾内、および津軽海峡で攻撃を受けた青函連絡船は壊滅状態となり数多くの犠牲者が出た。碑には1945年7月14日「翔鳳丸」が爆撃される写真と津軽海峡の地図に連絡船が沈没、座礁した地点が書かれている。また戦後の1954年には台風15号の暴風雨と大波で「洞爺丸」ほか4隻が座礁転覆、沈没し、あわせて1400名を越える犠牲者を出した海難事故が起きた。これが洞爺丸台風(洞爺丸事故)で、青函トンネル着工が推進される契機ともなった。その後、青函トンネルは1988年3月13日に開通、同時に青函連絡船は80年の歴史に幕を下ろした。青森発下り最終便は八甲田丸、函館発上り最終便が羊蹄丸であった。
(2008年9月撮影)
2011/09/26 23:35, Posted in Panorama, 西日本エリア by s.sakai – 2 Comments
美祢線を走っていた石灰石専用貨物列車と重安駅構内の360度パノラマ2景。美祢の鉱山に響いたホッパーの轟音とDD51の汽笛。またひとつ“音”の風景が消えた。

Panorama + 石灰石積み込みの環境音 (4:36) ↑ (音量に注意して下さい)
2009年10月18日の運行を最後にトラック輸送へと切り替えられた美祢線の石灰石専用貨物列車。太平洋セメント重安鉱業所で採掘された石灰石を重安駅から宇部線宇部岬駅のセントラル硝子宇部工場へと輸送していた。最盛期には30往復以上もの石灰石輸送列車が走っていたという美祢線も近年はこの列車のみだった。重安駅の広い構内と錆びた引き込み線が往時を思わせた。
1枚目のパノラマはDD51機関車が到着し、ホッパーからホッパー車(ホキ9500形)に石灰石を積み込む作業風景。DD51の汽笛の合図、積み込み位置に合わせて貨車を押し出し引き出しながら効率よく進む作業。ホッパーから次々と石灰石を落とす轟音に少し驚きながら、そんな採石場の日常風景、ホッパー、そして貨物列車が見渡せそうな場所に立って撮影・録音した。プラットホームには木造の待合室、美祢市街の方向には宇部興産伊佐セメント工場の高い2本の煙突が見える。美祢市東部には日本最大のカルスト大地「秋吉台」が広がり、鍾乳洞の「秋芳洞」とともに知られている。
石灰石の積み込みを終えて出発を待つ5990列車

Panorama + DD51 882 アイドリング音・走行音 (4:55) ↑
ホッパーの積み込み作業後、機関車は機回しして反対側の美祢方向に連結。編成を一度本線に引き出してから再び駅へ入線、暫し出発を待つ。この日の5990列車、石灰石を“山盛り”にしたホキ9500形を牽引するのはJR貨物幡生機関区厚狭派出のDD51 882号機。DML61Zエンジンのアイドリング音を長めに収録。線路脇には使われなくなって廃墟然とした巨大な石灰窯が残っていた。
(2009年10月撮影)